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父への感謝♪♪
広島市、安芸郡、東広島市、呉市、廿日市市、広島県近郊の不動産買取・任意売却を専門に行っております、I・Mエステートの泉田(イズミダ)です。
皆様、GW休暇に入っている方もいらっしゃると思います。
いかがお過ごしでしょうか。
コロナ感染者がまた急増してきていますので、なかなか旅行や遠出も出来ないですね・・・。
早くワクチン接種が完了し、ワクチンの有効性が保たれ、通常の経済活動を行えるように願うばかりです。
ワクチンが有効ではない変異株も出てきているようで不安です。
一日でも早く日本経済世界経済が元気になるように祈るばかりです。
先日、4月16日が命日の父の3回忌の法要を執り行いました。
父が亡くなって早いもので約2年。
父が亡くなる時もあっという間というか時の流れが早かったのをよく覚えています。
入院して約1ヶ月で亡くなりました。
肺気腫自体はありましたが、肺の状態が悪く、肺炎で入院しないといけないと言われ入院し、約1週間で家族全員呼ばれ、万が一の事を先生に話されました。
今まで肺気腫はあったとは言え、元気に暮らしていた父が入院して約1週間、最悪の場合はという話をされるという事に、とまどいを感じていました。
父は私と同じ不動産をしていました。
バブル期を経験しており、決して楽とはいえない人生を歩んできたと思います。入院している時も仕事が気になるようで、パソコンを病院に持っていき、私が代わりに動いて、その一日を父に報告するというのが入院時から続きました。
私は退院できて、またバリバリ仕事をしてくれると信じていました。
ただ、その退院という希望は途中から100%に近い確率で難しくなり、治る見込みは無いのに人工呼吸器をつけて、強制的に延命するのか、それとも延命措置は取らないのかという話し合いになりました。
父は少し破天荒な所があったので、退院できないという事を言った途端、「じゃあもういいからここから出してくれ。死んでもいいから仕事を・・・」と言い兼ねない人でした。
入院してまだかろうじて歩けて喋れる状態の時、父を延命していたのは、酸素飽和度をあげるための鼻へのチューブでした。
このチューブを外したら間違いなく死ぬという状態で少しでも動いたら酸素飽和度が95を切り、90を切りという危ない状態がずっと続いていました。
そのことをもし父に言っていたら、間違いなく、私達や看護師さんたちの手を振りほどき、チューブを鼻から取り、歩けない体を引きずりながらでも事務所に帰ろうとしたと思います。
そのため、父には亡くなるかもしれないという事は言えませんでした。
母、姉、兄、私、4人で何度も話し合いました。
何度も何度も話し合いました。
父には言わない・・・。話し合いの結果はそれでした。
母はこの1ヶ月、父から離れることなく付き添いが個室で出来て、幸せだったと今でも語ります。
もし、父に亡くなるかもしれないと入院して1週間経った時に言っていれば、間違いなく、1ヶ月も生きていなかったと思います。今では良かったのかな・・・。わかりません・・・。
私は父に亡くなるかもしれないという事を最期まで言えず、「父さん、今までありがとう」この言葉が言えなかった事を今でも少し後悔しています。
私が今の不動産業を営めているのは間違いなく父の存在があったからです。
最初は、父が「まこと、営業してみんか?もしかしたら営業むいとるかもしれんで」と20歳ぐらいの時に言ってくれて、住宅関連の職業訓練校に行きながら、父が勤めていた不動産会社に勉強に行っていたのが始まりです。
私は父のもとで勉強をして、小さい会社だからこそできる業務をこなしていました。債務者の家へ飛び込み訪問をして競売前の物件の任意売却をしていました。その業務から債権者と繋がり、債権者から任意売却の案件をいただき、大手不動産会社ではできない案件をこなしました。
24歳の時、30歳で自分の力で会社を起ち上げて不動産会社をすると決めて、父の元を離れて大手不動産会社に行こうと決断しました。
その大手不動産会社へ高卒の私が入社できたのも、任意売却を教えてくれた父のおかげだと思います。
30歳で独立して会社を起ち上げて今があるのは間違いなく父のおかげです。
その父に「ありがとう」が言いたかったです。
今、お墓の前、仏壇の前、上を向いて空にいる父に「ありがとう」を言っていますが、届いているかな。
父が経営していた不動産会社を私が引き継いで運営しています。
父が亡くなり蓋を開けてみれば、最期まで辛い状況の中会社を経営していたのだな~ということが分かりました。
所有しているビルの再建を図っていた父、その意思を引継ぎ、今少しずつ形になってきました。
これが綺麗に形になり、正常に運営できるようになり、会社とも清算もしくは売却などが出来て父が残した会社を綺麗にできたとき、父は喜んでくれるのか。
「まこと、大変だったの~。ありがとの~」
とあの笑顔で言ってくれるかな。
父とその隣にずっといた母の想いがあるからこそ、引き継いだ会社を綺麗な形で完結させたいという気持ちがあります。
私自身、父には感謝しており、たいした親孝行も出来ていないので、亡くなってからですが、これが最後の父への親孝行だと思っています。
まだまだ、会社を綺麗に清算させる絵は描けていませんが、必ず、母が元気なうちに綺麗にしたいと考えています。
父のおかげでここまでこれて、父のおかげでここまでの事ができるようになりました。
父のおかげで養えた知識、実績を糧に生きていくことが、空から見ている父への感謝の言葉になるという事を信じて、前向きに生きていこうと思っています。
入院して桜が咲き、桜が散った頃に亡くなった父。
桜をみると父の最期を思い出します。
桜を見る度にこのブログに書いたことを思い出していきます。。
いつなれば、父に届くかわかりませんが、いつまでも言葉と行動で示していこうと思います。
「父さん、ありがとう(^-^)」
この言葉を胸に歩いていくよ親父! 見といてね!!(*^-^*)
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